生き残るのは変化に対応できた者だけ

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世間は今日4月1日から新年度。学校もそうですね。現時点での感じたことをつらつらと綴ってみました。

 

この急激な大変化に生き残れるのか、人類?

今世間は中国武漢に端を発したウイルス問題で世界的な混乱に陥っています。

 

当初、日本はダイヤモンドプリンセス号の寄港によるウイルス対策で、良くも悪くも世界的な注目を浴び、その対応に賛否の議論が沸き起こりました。結果的に今振り返ってみると、日本は適切に対応していたと評価されるのではないかと思います(人道的な見地からも)。当時は、日本の対応を非難していた各国やマスコミも、その後、もしくは現在発生中の他国での同様のクルーズ船問題を比較してみて欲しいのです。

 

一方で、国内に目を移すと、3月からの学校の休校に始まり、経済活動の自粛が今なお継続しています。いえ、自粛どころか、リーマンショック以上だと言われる世界的な経済問題になっていますよね。

 

私はウイルス対策の専門家ではないので、病気に関することについては何らコメントできませんが、地元で経営に関することや大学での教育などいろいろやっているので、そういう視点で少しこの新年度を見つめてみようかと。

 

3つの密を避ける – 電子化で簡単なはずだけど

これはナイスフレーズですね。3つのポイントに絞る!というのはわかりやすい。一方で、自分の周りの身近な会議に目を向けてみると、3つの密を避けましょう!というその会議そのものが3つの密になっていないかい?と。

 

先日も、東京都知事の緊急記者会見を拝見しましたが、その会見そのものが、本当に緊急だったのか?と思いたくなる内容にも感じられ、かつ、その会見場が大勢のマスコミでごった返し、密度高かったのは笑い話にもならないと思ったのは私だけではないはず。

 

こうした中、大学ではオンライン授業へ切り替えて、、、という検討も加速化してきましたが、このオンライン授業って技術的にはもう何年も前からある技術(これは前回のブログでも書きましたね。)。それらを検討する会議もオンラインにしてはどうかと思うのですが、こういうのもやっぱり会議室にこもって対面で行うのは変わらずなのです。

 

提出する書類も、印刷した「紙」が前提となっている様式で、これって、対面で提出を前提としてますよね?というモノばかり。形ばかりの電子化の末裔がいまだに脈々と生きている・・・そう感じます。

 

物理的な対面の会議や、教育機関であれば対面での授業、これらから脱却できないのは、物理的な何かを残さないと安心できないから。これに尽きるのかと思うのです。

 

会議の例であれば、集まって会議をやった、それで、対策をやったという証拠になった(と思ってる)。授業の例であれば、大学なら15週で1コマというルールがあるので、15週分時間を費やせば証拠としては一安心、そんな具合です。

 

でも、実際には、会議なら何が話し合われて何が決まったかが重要であり、授業であれば、学生が何を学んだかという質が大事なのであって、「やった」という形式や時間ではないはず。

 

文部科学省の通知をさっとだけ読みましたが、柔軟に対応していい旨に読み取れます。おそらく、そう読み取れとの主旨なのだと思います。一方で、これまでの既成概念、固定観念にとらわれて柔軟に対応できていないのは(一部の?大多数の?)現場なのでは?と思ってしまいました。

 

もちろん、先進的な技術とお考えをお持ちで、率先して業務改善や授業変革に取り組まれている企業の方々、大学の先生方も沢山いらっしゃいます。が、組織として取り組もうとする場合に、その組織内の壁にぶち当たって、全体的な展開ができずに悔しい思いをされている方々も沢山いらっしゃると思うのです。

 

生き残れるのは変化に対応できた者

時代の変化が訪れるたびに引用されるフレーズに、進化論で知られるダーウィンの「生き残るのは、最も強いものでも、賢い者でもなく、変化に対応できる者だけ」というのがあります。学校教育もそうですが、企業活動もしかり、我々の生活もしかり、今回のウイルス問題を機に、大きな社会変化が有無を言わさず訪れて、それらに柔軟かつ迅速に対応できた者だけが生き残っていく。そういうことなのだと思います。

 

ちょっと前から、交流人口を増やそう!とか、関係人口を増やそう!とか、、、はたまた、ロハス(ほぼ死語ですね)だ、、、SDGsだ!と、いろんな言葉の再定義(再発明?)が行われてきましたが、今回のウイルス問題は、もっと根本的な概念から変えないといけないのかもしれません。

 

人と集まるのをやめよう!顔を合わせて交流することをやめよう!なんていう風に、今まで我々が目指してきたことと全く逆の方向に新たな「価値」を見出さないと生き残れないのではないか、と思いました。

 

私が住む福井は、恐竜王国として知られていますが、世界的に地球を席捲していた恐竜があっという間に(実際の時間的にはかなりの時間を書けてだと思いますが、、、)絶滅してしまったのも、今回のウイルス問題を見ているとなんとなく理解できてしまうから不思議です。

 

恐竜のように絶滅しないために、私たちはこの急速な変化に、いかに迅速に対応していくべきかが問われている気がしてなりません。

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